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富山地方裁判所 昭和34年(行)1号 判決

原告 押田滋一 外三名

被告 角田又一

主文

被告は、水橋町に対し、金八〇万一、三二四円およびこれに対する昭和三三年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らは、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、被告は、昭和二三年二月二六日旧水橋町長となり、同時に水橋町国民健康保険組合の理事長に就任し、昭和二四年五月二一日同町長の職を辞した後も、昭和三三年五月六日同組合が解散するに至るまで、同組合の理事長として在職したものであり、なお、現水橋町は、昭和二九年四月一日旧水橋町、旧三郷村、旧上条村の三ケ町村を合併して発足したのであるが、被告は、昭和三三年五月七日水橋町長の職に就き、以来、その職にあつたものである。

二、しかして、被告の前任水橋町長石黒七次は、昭和三三年五月一日水橋町議会に対し、議案第二二号昭和三三年度水橋町国民健康保険特別会計歳入歳出第一回追加更正予算案を提出し、同日同議会の議決を得たのであるが、右予算の歳出の部諸支出において、過年度支出として、昭和二九年度以前療養給付費二〇〇万円を計上し、町長在任最後の日である同月六日、右予算に基く支出として、合計金八八万六、七七六円を支出し、次いで、被告が水橋町長に就任し、同年七月二九日から同年一一月七日までの間に、町長として、右予算に基き別表のとおり合計金八〇万一、三二四円を支出した。

三、被告は、昭和二三年二月二六日以来前記水橋町健康保険組合の理事長の職にあつたのであるが、同組合は、乱脈な運営の結果、昭和二四年春ごろからその業務を実質上停止し、療養給付費の未払債務を多額に有していたため、現水橋町に合併した旧水橋町、旧三郷村、旧上条村の三ケ町村が昭和二九年三月一五日合併を促進するに当つて決定した申合せ事項においても、特に、「旧水橋町の国保組合については、新町になつてから、旧水橋町で自主的に解決を図り、国保の全町的に施行されるよう速かに措置を行うこと」が定められていたのである。

四、ところで、水橋町は、昭和三三年五月六日富山県知事より、国民健康保険事業実施に関する条例制定の認可を受け、これと同時に、国民健康保険法第五四条の規定によつて、前記水橋町国民健康保険組合は、解散の認可があつたものとみなされたのであるが、同組合は、国民健康保険法に定める所定の清算手続をなさず、その清算方法および財算処分について、水橋町議会の議決を経て富山県知事の認可を受ける等のことは全くなく、一方、水橋町議会においても、右組合の権利義務の承継につき決議したこともないし、右組合の債務を引受けることにつき、当時町長であつた石黒七次が議会の議決を求めたこともなかつたのであるから、水橋町は、国民健康保険事業を実施するについて、昭和二九年度以前の療養給付費を負担、支出すべき何らの義務も理由もない。

五、被告は、前記旧組合の理事長の職にあつて、この間の事情、即ち、水橋町が旧組合の債務二〇〇万円を承継した事実がないことを熟知し、前記予算案に計上された二〇〇万円の支出によつて、水橋町に対し、同額の損害を与えることを知悉しながら、前町長石黒七次と通謀して、同町長をして、町議会に右予算案の議決を求めさせ、次いで、自ら町長に就任した後、予算に基くものとして、前記金員の支出をあえてなしたものであり、また、被告が支出した右金員は、水橋町の昭和二九年度以前療養給付費の過年度支出金として、予算に計上されたものから支出されているのであるが、地方自治法は、予算の繰越使用について規定するのみで(第二三六条の二)、過年度支出なるものは規定していないのであつて、それが地方財政の慣行上行われ、許されるとしても、過年度支出とする以上、少くとも、当該予算の前年度予算に計上され、しかも、前年度中に支出に至らなかつたものでなければならないのであつて、かかる関係の認められない前記二〇〇万円を過年度支出として計上議決された予算は、違法たるを免れず、そのような予算に基いてなした被告の右金員支出は、公金の違法支出というべきである。

六、従つて、被告は、前記八〇万一、三二四円の公金を違法に支出して、水橋町に対し、右金員相当の損害を与えたものというべく、水橋町に対し、金八〇万一、三二四円およびこれに対する、違法に支出して損害を与えた最後の日の翌日である昭和三三年一一月八日以降支払ずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を補てんすべき義務がある。

七、原告らは、いずれも普通地方公共団体である水橋町の住民であるが、普通地方公共団体の職員たる被告の前記公金の違法な支出に関し、地方自治法第二四三条の二第一項に基いて、昭和三三年七月一一日水橋町監査委員に対し、違法な支出の差止を求める趣旨の監査請求をなしたところ、水橋町監査委員は、同年八月七日いずれの点においても前記支出行為は違法でなく、これに対し何らの措置をとる必要がないと回答通知した。

八、しかしながら、原告らは、右監査請求に対する監査委員の措置に不服があるので、地方自治法第二四三条の二第四項に従つて、被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項のうち、水橋町国民健康保険組合が昭和三三年五月六日解散したこと、および同組合が解散するまで被告がその理事長であつたことは否認し、その余の事実はこれを認める。同組合は、昭和二四年一二月旧水橋町が国民健康保険事業を右組合に代つて、昭和二五年一月一日より実施することを議決したので、同時に法律上解散になつたものである。

同第二項は認める。

同第三項のうち、右組合は乱脈な運営の結果、昭和二四年春ごろから業務を実質上停止していたとの点は否認し、その余の事実は認める。

同第四項ないし第六項は争う(但し、予算計上および支出の点を除く)。

同第七項は認める。

二、被告は、昭和三三年五月一日本件追加更正予算案の可決当時は、水橋町長でも同町議会議員でもなく、この議案の提出および可決には、全く無関係であつて、町長就任後、議会が議決した議案を執行したにすぎない。町議会の議決を町長が執行するのは、町長の義務であつて、被告は、町長として右追加更正予算を執行すべき義務を有するので、これが執行として支出したものである。殊に本件の場合、前任町長において既に一部支出ずみであつたものであり、被告は、後任町長としてその余の支出をしたに止まるのであつて、何等違法な支出ではない。

三、前任水橋町長が本件療養給付費の支出を提案し、町議会がこれを可決したのは、被告が組合長であつた旧水橋町国民健康保険組合が水橋町営の国民健康保険組合の実施により、旧国民健康保険法第五四条に従つて解散となつたのであるが、旧組合は多数の医師、薬剤師等に対して多額の未払金があつたため、そのままの状態では、町営の健康保険を実施しても、医師等が好感を持たず、患者に対する施療その他について、不都合を生じ、ひいては、町民の不幸を招く虞があつたのと、一面未払の医師等に対して気の毒であるとの考えもあつたので、町営健康保険運営の円滑と完全を庶幾してなしたものである。すなわち、右支出は、旧水橋町健康保険組合の債務を承継した趣旨における支出でもなく、また補助金の支出でもない。

四、原告らは、右療養給付費の支出は追加更正予算に過年度支出(昭和二九年度以前の療養給付費)として計上されたものであり、かかる予算に基く被告の支出は違法支出であると主張するけれども、「昭和二九年度以前の療養給付費」との記載は、医師が昭和二九年度以前に受くべき治療費であるとの説明であるにすぎないのである。仮りに、右療養給付費が過年度支出として提案可決され、支出されたのが会計法規からみて、誤りであつたとしても、それは、支出手続上の誤りにすぎず、それだけの理由で、右支出を地方自治法第二四三条の二の違法支出として、当該町の職員個人に対し、その弁債を命ずべき筋合ではない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告らがいずれも富山県中新川郡水橋町の住民であつて、被告が原告ら主張の期間同町長の職にあつたこと、原告らが地方自治法第二四三条の二第一項(昭和三八年法律第九九号地方自治法の一部を改正する法律による改正前)により、その主張のような監査請求をなしたこと、水橋町議会が昭和三三年五月一日、被告の前任町長石黒七次の提出した昭和三三年度水橋町国民健康保険特別会計歳入歳出第一回追加更正予算を議決したこと、右追加更正予算の歳出の部諸支出において、過年度支出として、昭和二九年度以前療養給付費二〇〇万円が計上されていたこと、右予算の執行として、前町長石黒七次が昭和三三年五月六日同予算に計上の右療養給付費のうち、八八万六、七七六円を支出し、被告が同月七日町長就任後、同年七月二九日より同年一一月七日までの間に、右療養給付費として別表のとおり合計八〇万一、三二四円の支出をなしたことは、当事者間に争いがない。

二、原告らは、被告が支出した右八〇万一、三二四円は、違法な支出であると主張するので、以下判断する(ちなみに、原告らは、被告の前任町長石黒七次に対しても、その支出にかかる八八万六、七七六円の損害補てんを請求していたが、同人との間に訴訟外の和解が成立したので、同人に対する訴は取下げたことがうかがわれる)。

(一)  被告は、被告のなした八〇万一、三二四円の支出は水橋町議会が議決した予算を執行したものであり、かつ、前任町長において一部執行した残余について執行したにすぎないものであるから、違法な支出ではないと主張するが、普通地方公共団体の長その他の職員の公金の支出等は、一面において、議会の議決に基くことを要するとともに、他面、法令の規定に従わなければならないのであるから、被告は、町長として、本件追加更正予算が適法か否かにつき、自己の責任において検討し、判断して支出すべきであり、右療養給付費の支出がただ議会の議決に基くものであり、また、前任町長の執行した残余の予算について執行したにすぎないものであるからといつて、直ちに違法ではないということはできない。

(二)  そこで、本件追加更正予算中右療養給付費支出の適否について検討するに、現水橋町は、昭和二九年四月一日旧水橋町、旧三郷村、旧上条村の三ケ町村が合併して発足したものであり、その合併に当つて、右三ケ町村の間に、「旧水橋町の国民健康保険組合については、新町になつてから、旧水橋町で自主的に解決を図り、国保の全町的に施行されるよう速かに措置を行うこと」の申合せがなされていたことは、当事者間に争いがなく、証人渡辺儀三郎(第一、二回)、同石黒重次、同尾島粂次郎の各証言、ならびに原告尾島基康および被告角田又一各本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を総合すると、旧水橋町国民健康保険組合は、昭和一八年ごろ設立され、以来旧水橋町の国民健康保険事業を施行してきたのであるが、その経営が困難になつたため、町営にすべしとの論議がたかまり、昭和二四年一二月三〇日旧水橋町議会は国民健康保険事業を町営で行う旨の議決をするに至つたこと、旧組合は、町営の計画が具体化してきたので、組合員に対する昭和二四年度以降の保険料等の賦課徴収を見合せたため、昭和二四年度において、旧組合の医師等に対する未払療養給付費等の額が二四七万九、八七六円に達し、旧組合員の診療を拒む開業医が出てきたこと、その後、昭和二七年ごろまで国の補助金の交付も受け、厚生省の検査も受けていたのであるが、事業は事実上停止状態であつたこと、ようやく、昭和三三年五月に至つて、水橋町の町営国民健康保険実施に関する条例制定につき、富山県知事の認可があり、旧組合は、旧国民健康保険法第五四条により、同時に解散の認可があつたものとみなされたこと、町営国民健康保険事業は、新しく発足するものとし、旧組合を引継ぐ形式はもとよりとられなかつたこと、被告は、昭和二三年二月二六日旧水橋町長となり、同時に旧水橋町国民健康保険組合の理事長に就任し(右被告の理事長就任の事実については、争いがない)、旧組合の運営に当つていたものであるが、町営の国民健康保険発足と旧組合の解散にともない、清算人として、旧組合につき所定の清算手続をとらず、その帳簿や二四〇万円余の負債等について、これらを水橋町へ引継いだ事実もないこと、しかるに、当時の水橋町長石黒七次は、右旧組合の二四七万円余の負債は、被告の理事長在任時代に生じたものであつて、被告が次期町長に就任予定され、町長就任後に自らこれを解決することは、町村合併の際の申合もあつて、困難な問題のあることなどを慮つて、その町長退任直前に、右負債の支払に充てるため、昭和二九年度以前療養給付費二〇〇万円を計上した本件追加更正予算を作成し、町議会に提出したものであること、なお、被告が右療養給付費を支出するに至るまでの間に、水橋町において旧組合の負債を引受ける旨の議決はなされていないこと、以上の事実が認められる。右認定した事実によると、本件追加更正予算のうち、昭和二九年度以前療養給付費二〇〇万円は、水橋町とは別個独立の法人である旧組合の負担していた債務支払のために計上されたものというほかない。してみると、右二〇〇万円は、本来水橋町において負担支出すべき性質の金員でないこと明らかであるから、その負担歳出を内容としている本件追加更正予算における右療養給付費の歳出は、それ自体違法な予算といわなければならない。

(三)  被告は、右二〇〇万円の療養給付費は町民福祉のためと、町営国民健康保険事業の円滑な運営を図るため、町独自の立場において歳出が計上されたものであつて、旧組合の債務を承継したものでも、これに対する補助金として支出したものでもないから、本件追加更正予算は何等違法ではないと主張するのであるが、水橋町議会において、右予算の議決のほかに、被告のいうような趣旨で右二〇〇万円の支出負担が議決せられたことは認められないし、後述のような予算書の記載からしても、被告主張のような事実はうかがわれない。

(四)  のみならず、右追加更正予算のうち、療養給付費二〇〇万円の支出は、成立に争がない甲第五号証によると、諸支出款、諸支出項の過年度支出目に計上され、各自明細らんに昭和二九年度以前療養給付費と付記されていることが認められる。ところで、地方財政における慣行として、前年度予算に計上されていて、その年度中に歳出に至らなかつたものを、翌年度すなわち当該年度で使用する必要がある場合に、議会の議決を経て、これを過年度支出として、支出することが行われていたようである。しかし、過年度支出という以上、当然前年度の歳出予算に計上されていることが前提となるのであるが、弁論の全趣旨によれば、水橋町国民健康保険特別会計は、昭和三三年が初年度であることが認められるから、その前年度の予算において、右二〇〇万円の歳出が計上されていたというようなことは、到底考えられないことである。そうすると、右二〇〇万円の支出は、過年度支出として計上されているもののいわゆる過年度支出たる条件を備えていない歳出に当り、「各年度において決定した歳入を以て他の年度に属すべき歳出に充てることができない」と規定している地方自治法施行令第一四四条(昭和三八年政令第三〇六号地方自治法施行令の一部を改正する政令による改正前)に違背する違法なものである。本件追加更正予算における右療養給付費の歳出は、結局、過年度支出にあたらないものを過年度支出として歳出に計上したそれ自体違法な予算であるといわなければならない。

三、以上説示のように、本件追加更正予算における療養給付費の歳出は、いずれにしても違法なものというほかなく、被告は、右予算に基いて、八〇万一、三二四円の支出を命令、執行したものであるから、違法な予算の執行をしたものというべきである。元来、地方公共団体の公金は、そのほとんどが住民の負担支出した公租公課よりなつている以上、地方公共団体の長は、その支出に当つては、前述したように、予算に従うほか、法令に則り、当該予算が適法か否か、自己の責任において十分検討したうえ、厳正にこれを処理すべきである。(かかる義務があることは、地方自治法第一七六条、第一七七条の規定からも裏付けられる)。しかるに、被告は、町長として、本件追加更正予算のうち療養給付については、水橋町において本来負担すべき性質の金員でないことを知りながら、予算の検討を懈怠し、その違法を看過して、支出を命令、執行したものというほかないので、町長の職務上要求される注意義務を欠いたものとして、水橋町に対し、右予算執行に基く損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

四、しかして、水橋町に、被告の本件追加更正予算に基く金八〇万一、三二四円の支出により、右支出金員相当の損害を蒙つたものというべきであるから、被告は、その損害の補てんのため、地方自治法附則第一一条第二項、旧第二四三条の二第四項に則り、水橋町に対し、金八〇万一、三二四円およびこれに対する違法な支出をした最後の日の翌日である昭和三三年一一月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものとしなければならない。

五、よつて、原告らの本訴損害補てんに関する請求は、理由があるので、これをすべて認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、なお、仮執行の宣言の申立は、相当でないとして、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田誠吾 古田時博 大山貞雄)

(別表省略)

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